松山家庭裁判所 昭和33年(家)291号 審判 1958年10月27日
申立人 山野春夫(仮名)
相手方 三林シズ子(仮名)
未成年者 三林照子(仮名)
主文
未成年者照子の親権者を相手方に変更する。
理由
申立人は主文同旨の審判を求め、その実情の要旨として次のとおり述べた。
申立人と相手方とは昭和三〇年○月○○日双方間の長女照子の親権者を申立人と定めて協議離婚の届出をしたが、照子は離婚後監護者である相手方の許で養育せられ現在に至つたものであるところ、申立人は上記離婚後である同三二年○月に再婚し、妻との間に翌三三年○月○○日長男健司をもうけたが、申立人と相手方との従来の経緯から推して相手方に照子を手離す意思があるとは考えられない以上、現に同女を養育している相手方に同女の親権者を変更することが同女の利益のため必要であると考えられる、というのである。
よつて審案するに、当庁調査官の調査報告の結果、広島家庭裁判所調査官作成の調査報告書の記載当庁昭和二九年(家イ)第三〇三号離婚調停事件調停調書謄本、当庁家事裁判官の申立人本人及び証人三林忠弥に対する各尋問調書の記載、○○小学校長の当庁調査官に対する照会回答書、並びに申立人及び相手方の各戸籍謄本の記載を総合すると、
(1) 申立人と相手方とは昭和二六年○月○○日に婚姻し、その間に長女照子(昭和二六年○月○日生)をもうけたが、その後相手方が肺結核に罹病したことなどが原因で、双方間に離婚の話がもちあがり、申立人から当庁へ離婚調停の申立(当庁昭和二九年(家イ)第三〇三号事件)がなされ、当初相手方としては、長女照子の将来を考えて離婚する気持はなかつたが、調停の結果、「長女照子の親権者を申立人に、その監護者を相手方にそれぞれ定めて協議離婚の届出をすること、照子の養育費として、申立人から相手方に対し毎月月額一、二〇〇円を、昭和三〇年一月から相手方が照子の監護者である間毎月末日までに送金して支払うこと」なる趣旨の調停が成立したこと、なお、照子の親権者を申立人と定めたのは、離婚当時相手方が結核療養所に入所中であつたので申立人において親権者となる方が好都合であろうと考えた結果に過ぎないこと。
(2) 申立人は左記(1)に記載した調停条項の趣旨に従い、昭和三〇年○月○○日照子の親権者を申立人と定めて協議離婚の届出をなしたものであるが、照子は、左記調停でその監護者と定められた相手方が病気療養中であつた為め、相手方の父母(照子から言えば祖父母――以下祖父母と略記する)の許で養育されて来たし、相手方において照子の申立人への引渡しを応諾してくれないことなどもあつて、申立人としては、照子を引取つて養育することができなかつたが、照子の養育費については、昭和三一年頃申立人が病気になつた為め一時送金を怠つた外は、上記調停の趣旨に従いその支払を履行してきたものであること、その後申立人は、昭和三二年○月○○日現在の妻好子と結婚し、その間に長男健司(同三三年○月○○日生)をもうけ、現在親子三人で生活しており、照子が相手方側において引続き養育される以上、現実に監護養育している相手方を親権者と定めるのが何かにつけて好都合であるとして、照子の親権者を相手方に変更することを希望しているが、親権者が相手方に変更されても照子の養育費は、従前に引続いて送金する考えでいること。
(3) 相手方は上記調停に際して照子の監護者と定められたが、当時結核に罹患していたし、既に従前から照子は祖父母の許で養育されていたので、申立人と離婚後も同女の養育を祖父母に托し、相手方自身はなおその後一年余の療養生活を送つた後、昭和三二年一月頃、友人の勧めに従い現住所に転出し、和洋裁や保険外交の仕事などに従事して生活してきたものであるが、その収入といつても相手方一人の生活を辛うじて支え得る程度のもので、照子を養育するだけの余力がないところから、照子の今後に関しては引続き祖父母に同女の養育を委ねる考えであるが、祖父母とても生活に余裕があるわけでないので、申立人において照子のために従前と同額又は、それ以上の養育費の仕送りを継続してくれるならば、同女の親権者を相手方に変更することに異存のないこと、
(4) 照子は離婚する前、まだ相手方が病気療養していた頃から、祖父母の許で養育されてきたものであるが、祖父母の孫に対する愛情と配慮を充分に受けて、両親と共に生活できない現在境遇の淋しさを感じながらも、先ずは順調に成育しており、祖父母としては相手方から照子の養育費を送つてこないし、又申立人からの養育費月額一、二〇〇円だけでは到底同女を養育するに足りないので、孫に対する愛情から不足分(申立人からの送金一、二〇〇円を遙かに上廻る額)を負担して同女の養育に当つてきたものであるが、経済的に充分な余力があるわけでないので、申立人に余裕があれば、上記一、二〇〇円の養育費の増額を希望し、又将来照子の中学高校進学後には相当額の増額を望むが、現在のところ最低必要費として毎月一、二〇〇円の送金を強く希望しており、なお照子を多年養育してきたし、照子も祖父母によくなついているので、同女を申立人に引渡す気持は全然なく、引続き同女の養育に当る決意を有しており、更に照子の親権者を相手方に変更するについては、上記養育費の仕送りが継続してなされるならば、相手方を親権者にした方が何かにつけて好都合であるとして、これに賛成していること。
の各事実を認めることができる。
そこで上記認定事実に基いて、申立人と相手方との離婚及び親権者指定の経緯、離婚前から引続いて現在に至るまで照子が祖父母の許で監護養育されてきた状況、申立人が現在再婚し、後妻との間に男子をもうけていること、相手方側において照子を申立人に引渡すことを望まず、その手許で引続き監護養育することを強く希望しており、その経済的状態も、現在のところ申立人から最低一、二〇〇円程度の送金があれば、照子を養育し得る程度のものであると認められること、相手方も祖父母も申立人が引続いて照子の養育費を送金することを条件として、親権者を相手方に変更することに同意していることなどをしさいに検討してみると、照子の親権者を申立人から相手方に変更することが、同女の利益のために必要であると認められる。してみると本件申立は理由があるから、これを認容し主文のとおり審判する。
ところで本件で親権者を変更した場合に、特に注意されねばならないことは、照子の今後の扶養の問題であるが、一般に離婚した父母の未成熟子に対する扶養義務については、親権の有無と扶養義務を結付け、親権者たる父母の一方と非親権者たる他方との扶養義務の程度に、軽重の差異があるとの見解もあるが、元来親権は、子の監護教育に関する権利義務を内容とするものであつて、子の扶養という生活費の支給を主たる目的とする経済上の給付義務と本質的に関連するものではないから、離婚した父母は親権者であると否とに関係なく、親子という身分関係があることから当然に原則としてその資力に応じ、かつその社会的地位に相応しく未成熟子を扶養する義務を負うものと解するのが相当であるから、照子の親権者が相手方に変更されて、申立人が親権者でなくなつてもその照子に対する扶養義務は軽減されるものではない。そして本件では、上記認定のとおり、離婚調停に際して申立人において、照子の養育費として月額一、二〇〇円を負担する旨定められているのであるが、その後申立人は再婚し、一男をもうけたけれども、当庁調査官の調査報告の結果によると申立人の俸給は、その後漸次昇給しており、昭和三三年九月分について言えば、本俸に諸手当を含めると総額一六、二〇六円に達し、それから○○組合掛金四〇五円、○○職員納付金二四六円、市民税一二〇円、合計七七一円を控除しても、一五、四三五円となるわけで、なお将来昇給することも予想されるし、その他に上記認定した事実からうかがえる諸般の情況からみても、現在のところ、申立人の照子に対する養育費負担について特に考慮すべき事情の変更があるものとは認められない。してみると、上記によつて明らかなように、本件において照子の親権者を相手方に変更し、申立人が親権者でなくなつても、そのことによつて一般的に申立人の負担する養育費給付義務に何ら影響するものでないことはもとより、他に特に考慮すべき事情の変更の認められない以上、申立人は従前通り照子の養育費として毎月月額一、二〇〇円を送金しなければならない。なおこの点については既に上記認定のとおり、確定判決と同一の効力を有する調停が成立しているので、本件では特に主文でその旨の給付を命じないが、申立人の養育費継続給付が本件関係当事者の強く懸念し、関心するところであり、実質的にみて本件審判の核心をなすとも考えられるので、特にこの点を指摘し、申立人の注意を喚起する意味で附記する次第である。
(家事審判官 西尾太郎)